終戦記念日、靖国神社にて。

靖国神社②
終戦記念日の8月15日(土)に、靖国神社に参拝してきました。

正直に申しますと、終戦記念日には靖国に参らなければということを以前から考えていたわけではなく、土曜日の朝から1週間分の溜まった洗濯をし、部屋の掃除機をかけ終わる頃、「あ、今日は終戦記念日だ」とふと思い出し、靖国神社に行くことにしました。
実は、私が住む職員寮から徒歩5,6分のところに靖国神社はあります。

東京に引っ越してきたばかりの春に、どんな街なのか探検しようと近所を何となく散歩していたら、思いのほか近くに靖国神社があり、そのときは時間の都合上、神社に手を合わせただけでした。
せっかく近くに住んでいるのだから、いつかは資料館等も含めてゆっくりと行こうと思っていたので、よい機会だと思いました。

靖国神社⑤
一人でてくてく歩いていき、靖国神社に近づいていくと、前に偶然辿り着いたときとは全然けた違いの多くの人がいて、非常に混んでいました。
街宣車もいくつかあり、警察官も多くいて、なんだか不穏な空気がありました。

靖国神社③しかし、境内は落ち着いた空気で、若い人から子供を連れた家族や、お年寄りまで、幅広い世代の方が参拝に来られていました。
左の写真のとおり(少し分かりづらいですが)、参拝するまでに長蛇の列ができていたのには驚きでした。
周りを見回すと、意外と20代くらいの若い世代が多いなというのが印象です。今どきの若いカップルも結構いました。

靖国神社④参拝が終わると、境内にある資料館に行きました。
(←資料館の中の展示物は撮影禁止であったので、入り口にあった戦闘機だけ撮りました。)

中の展示内容は、太平洋戦争のことだけではなく、主に黒船来航以降の歴史から始まっていました。
恥ずかしながら、靖国神社というのが、江戸末期以降、戊辰戦争などにおいて、天皇や政府側の立場で戦没された方たちを祀った神社であることを今回初めて知りました。
(私は、第二次世界大戦に関する戦没者の方のみを祀っていると思っていました。)

宮崎に多くある、神話に登場する神様や天皇を祀っている神社とは、全く異なる性質の神社となります。

靖国神社①
私の祖父は、戦艦大和が最期に沖縄戦に向かうその中にいたそうです。
祖父は、大和が沈むときに海に投げ出され、南方の島に流れ着き、奇跡的に生きて帰ってくることができたそうです。
そして祖母と結婚して、母が生まれて、今の私があります。
その時、祖母は再婚で、最初の夫は戦死されたそうです。
子供がいなかったため、祖母は再婚しました。
私が生まれ育った実家には、祖父の遺影と、祖母の最初の夫の軍服姿の遺影が飾ってあります。
祖父は私が生まれる前に亡くなっていましたが、ばあちゃん子だった私に祖母が何度か話してくれました。

資料館には、戦艦大和のことや硫黄島のことなども展示されていて、ここにも非常に多くの人が来場されていました。

靖国神社⑥境内を出て、本屋に行こうと思い、神保町の方向に歩いていると、先程、神社に向かうまでに感じたものとは全く違うレベルの不穏な空気が漂っていました。
どういう主張を持ったグループなのかは分かりませんでしたが(考えの違う複数のグループの衝突であったような感じもしました)、警察官とにらみ合っていて、街宣車がバリケードの中に追いやられているなどしていました。
このことは、特に、その日の夕方のニュースでも流れていなかったように思いますし、8月15日の東京は、いつもこのような感じなのかもしれません。

最後に、今回、靖国神社に参拝して思ったことを書きます。

先の戦争の歴史認識問題について、いろんな見方、考え方があり、今でも論争が巻き起こります。
近年は、インターネットの時代となり、「ネトウヨ」(ネット右翼)という言葉まで出てくるなど、ある意味盛んになっている面もあるように思います。

私の第二次世界大戦の歴史認識について、ここでは述べませんし、正直、そんなに強く主張したいと考えている事柄もありません。

但し、私は子供の頃から歴史が好きで、高校時代に理系であったのに、当時、普通は負担となるため理系学生が選択しない「日本史」を、好きだからという理由で選択していましたし、大河ドラマも好きですし、歴史を勉強することを軽視しているわけではありません。
これからの時代を見据える上で、近代に限らず歴史をしっかり勉強しなければならないと思っています。
(しかし、現状として勉強が足りないので、常々もっと勉強しなければと思っています。(苦笑))

私が、今回、靖国神社の本殿に手を合わせたときに思ったことは、ただシンプルに、「戦争のない世の中を作っていきます」ということでした。

靖国神社を出た後の、デモのような衝突を見てみても、先の戦争についていろんな見方や考え方があるのは分かりますが、とにかくその歴史から学ぶべきことは、平和な社会を作るんだということだと私は思います。
ただただ、そのシンプルなことを、これからも継続していかねばならないと強く再確認した今年の終戦記念日でした。

「終戦記念日、靖国神社にて。」への3件のフィードバック

  1. 映画「靖国」は見ました?
    いろいろ物議をかもした作品でしたが、靖国神社を取り巻く歴史・状況を知る手がかりにはなりますね。
    ただし見るにはそれなりの背景を知らないと、影響を受けやすい作品ではありますが。
    先週・今週とTVでは先の大戦の日本を取り扱った番組が結構ありました。
    なぜ戦争になったのか、もっと真実が明かされると理解できるのでしょうが、敗戦国・日本の立場はどちらかと言うと負い目を持った立場なので非常に厳しいですね。
    64年経ちながら今だに諸外国に遠慮する立場はつらい。
    8/23に、「にちなんサンバカーニバル・プレ大会」やります。
    新しい日南市のイベントに挑戦です。

  2. 久しぶり。しのぶです。
    戦争ね~。俺は恭平と同じおじいちゃんだもんな。それこそおととい、レンタルビデオ屋に行ったときなんかないかなってブラブラ探してたら「男たちの大和」っていうDVDがあって「そういえば吉野方のじいちゃんは大和に乗ってたんだっけな」なんて思って借りようかと思ったけどレンタル中でした。今度借りてみようと思う。
    俺も、歴史にはそんなに興味ないんだが、若い頃なんかよく人生に行き詰った時なぜか知覧の特攻隊の資料館にふら~っと行っては考えさせられてた。当時でも自分よりも若い青年が片道の燃料だけを積み特攻に行く。もしそれが俺なら同じことができるのか・・・
    特攻前日の、親・兄弟に宛てた手紙を読んでも、いくらその時代とはいえ達筆に書かれた手紙からは想像を超える思いが何度読んでも胸に突き刺さってくる。
    そんなことを思えば自分の悩んでたことなんてちっぽけに思えてくるんだよね。
    大窪のじいちゃんも戦争に行ってたみたいで中学校の夏休みの宿題で「戦争体験者に話を聞いてみよう」みたいなのがあって話し聞いた覚えがある。よくは覚えてなけど南方の島で戦ってたみたいなこと言ってたっけ。その時もっと聞いとけばよかったと思う。(当時は戦争のことは興味なかったからな)
    ほんといろいろ戦争の意見はあるが、世界中が平和であることを願いたいな。
    北郷町のKさん「靖国」観てみます。

  3. >しのぶくん
    先日は、プリンありがとうございました。
    晃司とその嫁さんと一緒においしくいただきました。
    姪っ子は可愛かったです♪

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