首都圏自主勉強会 ~北区の情熱。

ノンパH21.4②ノンパH21.4①

1週間前の土曜は、「ノンパ」(Non-Purpose ~首都圏のWA)という、元々は埼玉県庁と東京都庁の若手公務員が始めた勉強会で、今は公務員を中心としながらも、他業種の方も参加されている自主勉強会に参加してきました。

以前、この首都圏自主勉強会の中心メンバーとお会いしたことがありまして、東京転勤が決まるとすぐにお誘いのメールがあり、この4月から私と一緒に省庁や民間企業の出向で東京に引っ越してきた同期など宮崎組5人と参加してきました。

ノンパH21.4③今回の内容は、東京都北区の「街歩き」。

具体的には、北区の若手職員有志が作成した冊子「KISS」をもとに、制作を担当した職員から、北区の魅力をたっぷりと案内していただくというものでした。
←「KISS」とは、「北区イメージ戦略ビジョン= Kitaku Image Strategy Scheme」の一環として作成した北区の広報誌で、区役所として予算をつけ、正式な区の事業として作成されたものです。

(勉強会の内容とは関係ないですが、)まず、一つ驚いたことは、北区には「王子」という街がありまして、ここは『王子製紙』の発祥の地であるということでした。
我が故郷である日南市には、王子製紙の大きな工場があります!これには運命を感じました☆

ノンパH21.4④明治時代に活躍した経済人「渋沢栄一」が創業者で、その渋沢栄一史料館にて、館内見学と館長によるお話を聞かせていただきました。
(↑一番上左の写真)
細かいことは書きませんが、非常に面白く、とても刺激を受ける内容でした。

その後、北区の街歩き。
自然を取り入れた都市河川整備や、地元の地域遺産を活用した図書館などを、実際に生で見ることができて勉強になりましたが、それ以上に、北区職員の方が、情熱を持って説明されている姿に感銘を受けました。
「KISS」の内容も、すごく良かったと思います。
正直、「東京って地元への愛着はあるの?」くらいで思ってまして(スイマセン)、う~ん、見習うべきことがたくさんあるなと思いました。

神宮球場H21.4
その後、記者の友達など数名と神宮球場へ。
広島VSヤクルト戦です。
一緒に行った一人が広島出身で熱狂的なカープファン!
日南はカープのキャンプ地ということで、一緒にワイワイ応援しましたが、0-1で惜敗。
・・・無念。

その後、居酒屋に行き、今、国で数週間仕事をする中で感じていることなどを、それぞれの業種の視点からみんなで激論。
楽しかった!

ということで、そんな東京での週末を過ごしています。
普通の日記になってしまいましたが、この辺で。

ニコさんへ。2

ニコさんへ

「ニコさんへ 2」

お返事ありがとう。
ニコさんの文章を読ませていただいての率直な感想は、15歳くらいとは思えないほど、とてもしっかりとした文章を書くことのできる人だなということです。
私自身、何もしてあげられないのに、どう言葉を並べていいのか分かりませんが、「なりたいものや夢はたくさんあって、だから今は進めます。」といったニコさんの言葉からは、しっかりと前を見据えた決意のようなものも感じました。

私が中高生のころ、30歳くらいといったら、ものすごく大人で、精神的にもしっかりとした人間なのだろうと漠然と思ってました。
そして、来月、私はその30歳になりますが、いまだに仕事や人間関係などで失敗をたくさんしますし、過去には、進学や就職が自分の思うようにはいかず、数年足踏みをしたり、痛い失恋もしました。
私なんかの経験では、ニコさんの今の状況を計り知ることはできませんが、うまくいかないときの人の気持ちが、挫折するまでの自分より少しは感じれるようになったように思っています。

うまくいかなかった経験は、いつか自分の中で役に立つことがあると思うし、そして、これから先もうまくいかないことというのはたくさんあって、夢や目標を持って頑張れる時期や、悩んでしまう時期など、その繰り返しなのだろうと私は思っています。

「何も返せなくてごめんなさい。」という言葉もありましたが、書くまでもないですが、そんなことは全くなくて、いいときも悪いときもありながらも、周りを気にせず一つ一つ自分のペースで歩いていければ、それでいいし、それが一番いいのだと思います。

取り留めのない内容になって恐縮ですが、ニコさんの文章を読んで、私はそう思いました。

「こんなになまっている人は初めてです。」

全社協H21.4(←仕事上、うちの課と、いろんな絡みのある「全社協」の玄関前の写真。「全社協」とは、全国社会福祉協議会の略です。4月1日まで、私が厚生労働省で具体的にどんな仕事をするのか分かっていませんでした。宮崎に置いてきた嫁は、同じく4月1日から日南市社会福祉協議会で働いています。まさか私も社協と仕事をするようになるとは思いませんでした。こんな偶然もあるもんです。)

仕事をする中で、毎日のように全国の自治体や福祉施設で働いていらっしゃる方から、法律や国が出している通知などの解釈の問い合わせがあります。
それに答えていくのも重要な仕事の一つです。

そんな毎日の仕事の中で思うのが、私のどうしても抜けない宮崎弁についてです。
まあ、普段の生活の中では、東京にいるからということで本気で宮崎弁ではなく標準語を話せねばとは思っていませんが(苦笑)、全国各地の方からの問い合わせに電話で答えていると、なまりまくっている自分の言葉が申し訳なく感じてしまいます。

まず、その1つ目の理由として、「私の言葉がちゃんと伝わっているのか?」ということです。
仕事として対応する中で、相手方に正確に伝えるべきことが伝わっていなかったら、それはまずいことです。

2つ目の理由としては、地方から厚生労働省(東京)に電話をかけているのに、なまりまくっている人が電話に出て、法律や通知の解釈説明をされたときに、「これはほんとに国の人なの?間違い電話じゃないよね?」とか思って、不安な気持ちになられているのではないかと思うことです。
自分が逆の立場だったら、そう思うだろうなと思ってしまいます。

同じ職場の方たちに、その話をすると、「逆に親近感を持ったりしていいんじゃないのかな」とか言ってくださいますが、イントネーションを直すのは無理だと半ばあきらめているにせよ、せめて単語だけは宮崎弁を使わないようにせねばと思います。(←当たり前だ。伝わらないだろ。)
と、自分でツッコミを入れながらも、自分のイントネーションのどこを直せば標準語に近づくのか皆目見当がつかないのはもちろんのこと、単語や言い回しも、どこが宮崎人しか伝わらない言葉なのか自分で気付いていないからどうしようもないところです。(苦笑)

でも、一生懸命に説明すれば、伝えるべきところは伝えられているのあろうと、今のところ思っているところです。
(まだ、「もう一度言ってください」とか、「聞き取れなかった」とかは一応言われていません!)

私の席の前は、埼玉出身で都内の大学を卒業したばかりの社会人1年生の女性が座っているのですが、会話をする中で、私が自然体で宮崎弁を話していると、時々何を言っているのか分からないときがあるようで、そのときにピタッと固まるのが面白いです。(←やっぱり宮崎弁を直す気がない。)

先日、昼休みに、食事後に自分の席に座っていると、保険会社営業の女性の方が話しかけてこられました。
多分、私が新しい顔なので、新規契約が取れるかもという風に思われたのかもしれません。
その数日前に、同じく昼休みに同じ方が職場に来られて、私は仕事上の来客だと思い、名刺を出されたので名刺交換をし、そのときはそれで終わり、再度その日にやって来られました。
予想通り、保険の説明(営業)が始まりましたので、契約できないのに時間を使わせるのも申し訳ないと思い、正直に、「宮崎県庁から1年間だけここに来ていて、宮崎に残っている妻がその辺のところは決めているので・・」と話すと、「先日、名刺交換させていただいたときは気付きませんでしたが、確かに、この建物で、こんなになまっている人は初めてです!」と笑顔で言われてしまいました。
あー。(笑)

宮崎弁が通じない。(←当たり前だ)

国会議事堂前にて(H21.3)只今、仕事帰りです。
(自宅近くのネットカフェで更新中です。)

まだ我が家はネット環境になってません。
その上、テレビもありません。(苦笑)
まあでも、宮崎時代と変わらず、睡眠と風呂くらいしか部屋にいないので、特には困っていないところです。

県庁時代と同じく、厚生労働省での具体的な業務内容は書きません。
(今は特に、よその組織にお世話になっているので、なおさらです。)

とはいえ、ざっくりどんな感じなのかというと、社会福祉施設全般の取りまとめをしている課にいます。
児童、老人、障害、保護などなど、ほんとに広い範囲を管轄していますので、一つ一つの仕事をする中での取り扱う各分野の背景も押さえなければならず、悪戦苦闘しています。
でも、仕事を進める中で、福祉分野全体を知ることになるので、とても勉強になります。

あとは、「せとぽん」さんが、このブログのコメントに書いてくださったようなことが、どうなのかという視点も持ちながら、日々の仕事に精進したいと思います。

毎日、夜遅くまで仕事をしていますが、今のところ、宮崎時代も深夜0時までに自宅に帰りつくことはなかったので、体力的には全然大丈夫なところです。
(まあ、今からが本番なのかもしれませんが。(笑))

宮崎時代(特に出先機関にいた西都時代)は、仕事で毎晩遅くなっていたわけではなく、フォーラムをやったり、祭りの準備をしたり、勉強会を開催するなど、同時進行でいろんなことをしていたということで帰りが遅くなっていました。
その点、今は、一つのことしかやっていないので、残業が続くとはいえ、精神的にも肉体的にもなんとかなります。

ただ、宮崎時代と一つ違うのは、職場での声が少し小さくなったかなとは思います。(苦笑)
県庁では、電話での応対など、非常にでかい声で話していたように思いますが、今は仕事の前提となる知識を勉強中であるので、ちょっと自信が無いというのが起因しているのでしょう。
早く、そのくらいはなんとかします。

あ、あと、宮崎弁と標準語のしゃべり分けができないので(汗)、元々早口な私は、相手に聞き取ってもらえるよう言葉を選ぼうとする(でも、実際は全然できてない)のも、原因の一つです。

遅くなりましたので、今夜はこの辺で。

悪戦苦闘

ただいま、帰りの地下鉄を待ちながら、携帯で更新してます。

福祉分野を仕事としてするのは初めてということで、一部親しみのある分野もありますが、多くは初めて出くわす用語ばかりで、悪戦苦闘してます。
まあそれでも、これまで学生時代からボランティア等をするなかで、見たり触れたりしてた「点」の理解が、制度やシステムを仕事で知って、頭の中で「線」で繋がっていくことが楽しくもあります。
一つ一つ積み上げねば。

今夜は、日南市長選の公開討論会があったようです。
(会場に行かれた方で、その様子を教えてくださる方が何名かいらっしゃっいました。)
日南もどうなるか。

とにかく今の私にできることは、地元に少しでも貢献できる人材となれるよう、与えてもらったチャンスを活かして、一つでも多くの経験、勉強をすること。
さあ、また明日から頑張ります。