宮崎の若人、集ってどんげすっかい。

若人ひむかH20.830日(土)は、国富町法華嶽「八町坂」にて、北は延岡市北浦町や椎葉村、南は日南市から、県内の若者が集っての交流会が行われました。

今回の元々の出発点は、宮崎市にある「地域活性化塾どんげネット」や、それと同じように県内各地にある塾(若者グループ)との以前からあるネットワークであります。

県教育委員会生涯学習課の「若人ひむか活性化塾事業」を契機に、私も現在所属する「どんげネット」のような団体が、2000年頃に県内各地に発足しました。
最初の5年間は、県の補助があり、活動を行ってきましたが、今はありません。
現在は行政の支援を受けることなく、自分達で知恵を出し合って活動をしています。

(ちなみに、私は2005年から「どんげネット」に加入して活動を始めました。なので、実は教育委員会ががっつり関わって頃をあまり知りません。)

塾生OBである、県議会議員の図師さんや、大山食品(株)と「八町坂」の大山さん、どんげネットOBで養豚農家の黒木さん、西都市役所職員で「西都古墳まつり」でも中心人物の田爪さん等が中心となって、今回の交流会が企画されました。

若人ひむかH20.8ディベート中まず最初に、ディベートを行いました。
直前に議題が与えられ、グループもその場で作り、賛成派と反対派に分かれて議論を行います。みんな楽しみながらも真剣!
負けず嫌いの私は、燃えました。
楽しかったです。
結果は、・・・もちろん勝ちました。(笑)

その後、交流会へ。
今回、初参加の若者も大勢いて、県庁の先輩後輩、古墳まつりで一緒に汗をかいたメンバー、木城町消防団などが来てくれました。
他にも、地域活性化塾の頼れる姉貴であるフリーアナウンサーの脇谷のり子さん、元々が教育委員会の事業だったということで、県の教育委員会の先生方も参加されました。
とっても盛り上がり、お開きは午前3時でした。(笑)

で、ここからが今回のブログの本題。

今回、このような会が開催されたのは、非常に良かったと思います。
田爪さんや図師さんが、一生懸命準備をしてくださったお陰で、ディベートも真剣に楽しくやれましたし、交流会も大盛り上がりでした。

そして何を言っても、地域活性化塾として県内にできたネットワークをもう一度復活させ、新たに若者も引き込みながら、再スタートしようというのは素晴しいことだと思います。

ただ大切なのは、「何のために集うのか」ということ。
至極自然なことだと思いますが、目的を共有した中で、その手段として何をやるのかを考えなければならないと思います。
そこがないと、今の「地域活性化塾」の二の舞になってしまうと思います。
(現状として、県内にある地域活性化塾で今でも頑張ってるのは、「どんげネット」とあと僅かの団体だけというのがある。)

もちろん走りながら考えればいいと思うし、純粋に「交流すること」が目的でもいいと思っています。

これは、私が「地域振興課」に所属し、仕事として地域づくりに携わっていたときから、ずっと感じていることです。
「地域づくり」は、本当に難しい。
なにをもって地域づくりが成功したと言えるのかと、地域振興課にいるときからずっと自問自答してきたことで、現在もプライベートで地域に関わる中で、いつも頭にあることです。

ただ、個人として何をするのかというのは、実はとてもシンプルで、団体に所属して活動するという手段もあると思うし、一人できることもたくさんあり、私個人としては児童養護の分野に関わるなどして、自分なりにできることを思いを持って取り組んでいるところです。

劇的に地域を変えるのは、土台無理です。
現状から辿り着きたい目標に向かうためには、根気のいる一歩一歩を進むしかない。

・・・自分で書き出しておきながら、まとめられそうもないのですが、とにかく私としては、自分一人でできるシンプルな事から、一つ一つ取り組んでいきたいと思います。

まとまらないですが、今の自分はこの程度。以上です。

何に追われてんだか。

最近、一人で準備を進めてることに追いかけられてます。
好きで始めたことなんだから、楽しまなきゃ。(と自分に言い聞かせる。)

毒を吐いてしまいそうですが、うーん、弱い自分です。

今夜も、その準備をしてるところで、コウエイから電話があり、兄貴やSさんも一緒だとのことで、力尽きかけてたけど、スパートをかけて終わらせ、その場に向かいました。
少しの時間でしたが、良いリフレッシュとなりました。
ほんとは、もう少し語りに遊びに行きたかったけど、グッと我慢。

昨夜も3時間しか寝てないし、うーん、不規則すぎる生活で仕事や色んなところに迷惑かけちゃ本末転倒だし、うーん・・。
時間が足りないよー。

体は疲れてるけど、脳は変なテンションの今夜です。
寝なきゃ。
大雨洪水警報が出たら、即仕事だ!
寝るのも仕事ということで、オヤスミナサイ。

「今年の西都古墳まつり」と「たっちゃん」。

22日(金)の夜は、「西都古墳まつり」の実行委員会。
完全に今年度の体制になってからの第一発目でした。

昨年度は、「総務班長」ということで、実質ナンバー3の大役を務めさせてもらったのですが、今年は、仕事で秋にビックプロジェクト(?)を控えているため、役職無しの平メンバーとして関わる予定でした。
・・が、協議の末、結局、「広報班長」を務めることとなりました。(苦笑)

かなりの高い確率で今年度で転勤になり、西都を離れるので、最後の年だし、役員として決まった以上は、本当にお世話になった西都の為に、微力ながら頑張ろうと思います。
西都の若手で、一番付き合いの古い丸山さんが今年の実行委員長です。全力で支えたいと思います。

明日、日曜の夜は、第9回目の「ゆかたdeパーティー」を開催します。
一応、「たつみ流着付け教室」と「地域活性化塾どんげネット」の共催となってますが、実質、『外山たつみ』で成り立っている夏恒例の大イベントであります。
宮崎観光ホテルが会場で、200人近い来場者を見込んでいます。
これだけの人を集めてしまう『たっちゃん』の人徳はすごいです。

彼女と初めて出会ったのは、5、6年前でした。
イベントの進め方から、人とのお付き合いの仕方、夢に向かって進むときに大事にしなければならない事など、本当にたくさんの色んな事を教えてくれた、私にとって大切な「お姉さん」です。
「刺激になるし、勉強になるから、会っておくといいよ」といろんな人を紹介くれ、その中には、まだそんなに有名じゃなかった頃の武井さんや図師さんがいます。
(図師さんを紹介してくれたときには、わざわざ私の為に喫茶店に、当時、木城町議だった図師さん呼んでくれ、3人でいろいろ話をさせてもらいました。)

「まつりえれこっちゃみやざき」に関わるきっかけを作ってくれたのも、たっちゃん。
今の私の活動があるのも、たっちゃんのお陰と言っても過言ではありません。

(そういえば、去年、西都古墳まつりの総務班長就任依頼があったときに、引き受ける自信が無く、どうしようかと相談に行ったのは、たっちゃんだったなぁー。)

どんどんビックになっていくたっちゃんは、現在、宮崎日日新聞の日曜日に「和のいろは」という連載を書いています。
是非、読んでみてください!

ということで、明日はスタッフとして頑張ります。
今夜は、この辺で。

夢を実現するための手段として。

こないだの週末は、お盆で親戚も集まるとのことで、実家に一瞬だけ帰ったり(滞在時間は約5時間)、県外にいる高校の同級生と久しぶりに会って、将来について語ったりなどしてました。

宮崎市青年団ビーチバレー①そんな週末でしたが、18日(日)は、宮崎市青年団が主催するビーチバレー大会の様子を見に行ってきました。

なんでかというと、先日、私が所属する地域活性化塾どんげネットと「これから交流を深めていきましょう」と確認しあった宮崎市青年団の事業ということで、まずは自分から相手方の事業に足を運んでみようと思ったからです。
(が、別の用事もあり、会場であった青島ビーチには、少しの時間しかいることができませんでした。残念でした。)

宮崎市青年団ビーチバレー②大会は、非常に盛り上がっていましたね。
実行委員の方から聞いたのは、10年以上前から毎年開催する中で、一時期マンネリ化して参加チームが固定してしまったこともあったようですが、中身を工夫して、ビーチバレー以外にも参加チームが楽しめる要素を加えるなどしていったら、参加チームが増え、また盛り上がってきたとのことでした。

こういうものは、立ち上げ時というのは勢いで進んでいきますが、数年経ってからが真価を問われるところです。
今でもメンバーが熱い気持ちを持って、改善しながら取り組んでいるというのは、すごいことです。
私も自分に置き換えて頑張らねば。

今週も、いろんな会の飲み会があったり、西都古墳まつりの打ち合わせがあったり、立ち上げたグループの今を見つめる会があったり、県外に転勤になった友達が宮崎に遊びに来てくれたので、語る中で、私の仕事でのアドバイスをもらったり、某議員を含めて激論したり(気付いたら午前2時・・)、・・合間を縫って、図書館から借りてきた本などで、スウェーデンの地方分権についての勉強をしたり、ラジバンダリの平日です。
仕事中も、プライベートの時間も全力疾走です。
怒濤のごとく毎日が流れていきます。

西都JC35周年講演会①21日(木)は、午後から有休をもらい、(社)西都青年会議所の創立35周年記念事業である講演会に行ってきました。
私も会員である青年会議所(JC)の事業ということで、スタッフとしての参加です。

西都JC35周年講演会②講師は、中園直樹さん。
宮崎県出身のベストセラー作家の方です。

今回の講演のターゲットは、中高生でした。
夏休み中の生徒達が、たくさん参加してくれました。

西都JC35周年講演会③←私です。
今回、私は司会進行を務めさせていただきました。
(地元である日南市文化センターでも、そんな経験していないのに・・(笑)。貴重な場を作っていただき、有り難いことです。)

会場は、1000人収容の西都市民会館で、客席はほとんど埋まりました。

元々、人前で話をするのを得意とはしていないので、練習のため、最近は意識して場数を踏むようにしており、あんまり緊張はしなくなってきたのですが、やっぱりいつも噛んじゃいます。(汗)
今回も、微妙に滑舌が悪かったです。(苦笑)

そんな私のことは置いといて、本題である講演の内容ですが、非常に素晴らしかったです!
中園さんは、学生時代に自らが受けたイジメの体験を元に小説を書いていらっしゃる方で、講演の中でも、まさにその多感な時期にいる子供たちへのメッセージを送っていただきました。

こう書くと、いじめの話だけだったのかなという感じですが、講師である中園さんが一番子供たちに伝えたかったのは、「夢に近づくためには、自らが立てた目標に挑戦し続けることが大切だ」ということでした。

中園さんがなぜ作家となり、小説を書いているのかというのは、自分のようなつらいイジメの体験から自殺を選択してしまう子供たちを救いたいという思いから。

自らがひどいいじめを受けていた頃に、救いを見出すため、いろんな本を読んだけれども、その気持ちを救ってくれる本はどこにも無かったとのことでした。
それは、「いじめ」を取り扱ったとされる本でさえも、いじめられる側の気持ちが理解されているとは到底思えない内容だったようです。

そして、中園さんが「いじめ」から這い上がってきたときに、同じ状況にいる人たちの救いとなるために、その気持ちが理解できる自分こそが書かなければならない、自分のようなつらい思いをする人を一人も増やしたくないとの思いで、執筆が始まったとのことでした。

なので、小説家になりたかったから小説を書き始めたのではなく、いじめで死を選ぶ子供を一人も生みたくないという夢を実現するための手段として、中園さんは小説を書き始めた訳です。

そして、実際にいじめを受けている子供のところまで自分の本を届けるには、ベストセラー作家になって、多くの人に読んでもらえるようにならないと、そこまで届く可能性は低くなるわけで、だからこそ中園さんは、いじめで苦しむ子供を救うという『夢』を実現するために、ベストセラー作家になるという具体的な「目標」を立てて、挑戦し続けたのです。

中園さんは、ベストセラーとなった「オルゴール」という作品を、自らのホームページに全文掲載しているとのことでした。
作家として食べているのであれば、本を買ってもらわなければならないのに、小説をHPに載せるというのは、「今苦しんでいる子供たちが、お金がないからとか図書館にないからとかいうつまらない理由で、苦しみから抜け出せないようなことがあってはならない」という中園さんの信念からです。

この処女作である「オルゴール」という作品は、当時、出版社が相手をしてくれなかったので、自費出版をした後に、中高生の間に口コミで広がり、2年以上かけてベストセラーになったとのことでした。

講演を聞いていて、正直、話し方の技術としては決して高かったわけではないのですが、不器用だけれども一生懸命に思いを伝えるその姿に、突き動かされるものがありました。

今回、私は、中園さんの「作家になることは、夢実現のための手段に過ぎない」という旨の言葉に一番共感しました。

例えば、何がしたいか見えてこないけど、政治家になっている人がいたりして、誰と会ったとか、次の選挙の話とかしか、その人の口から出てこない人とかがいたりすると、「そんなんでいいのか」と思い、憤りを感じることがあります。
職業は「手段」に過ぎないはずで、自分が人生をかけて何を成し遂げたいのかが最初にあって、その手段として何が適当か、自分の適正も踏まえながら職業(手段)を決めていくべきだと思います。
まあ、どの職業でも、そこまでクソ熱く考えなければならないとまでは思いませんが、少なくとも「政治家」や「作家」のような仕事は、そこをしっかり突き詰めないと良い仕事はできないと私は思います。

中園さんが小説家となることについて、当初、父親の猛反対があったようですが、「人生をかけてやり遂げようしている夢ならば、誰にも止められない」という講演中の言葉に、心からしびれました。

さあ、私も人生をかけて、夢に取り組みます。
「負けてられねえ」と思いました!頑張るぞ。

前のめりで。

てんやわんやの最近です。

こないだの週末は、西都市の中心市街地を流れる「桜川」の清掃ボランティアに参加してきました。
西都市商店街の皆さんと、市役所職員の皆さんが中心となって行われたものです。
時々、強い雨が降る中での作業になりました。
橋田西都市長も一緒に汗をかいていらっしゃいました。
商店街の堀さんや、市役所の浜砂さんを始め、皆さん御疲れ様でした。

月曜は、仕事が終わると高速道路に飛び乗り、職場のある西都市から日南市に直行しまして、会議に出席してきました。
日南の若者が中心となり開催する、これからの地域づくりを考えるフォーラム準備のためです。
考えていることを書きたいのですが、時間の都合上、また今度にします。
かなりの激論になりました。
故郷、日南をどんげかします。

会議終了後に、日南市青年団の会長である藤沢さんと食事に行きました。
今まで藤沢さんが歩いてきた道、これからのことの話を聞かせていただいて、なんだか元気が湧いてきて、私も頑張らねばと思ったところです。
やるぞー(*・ω・)ノ

西都JC臨時総会H20火曜の夜は、西都青年会議所(JC)の臨時総会。
主な議題は、次年度の役員選挙でした。

その臨時総会の中で、新入会員への入会証とバッチの授与がありまして、隈江理事長から頂きました。
本当に、JCに入ったんだなという感じであります。(。・ω・)ノ゙

水曜の夜は、西都古墳まつりの打ち合わせ。
資料整理を頑張ります。

最近、ただの日々のメモになってますが、うーむ、今日もこの辺で。
今、大きな壁を迎えまして、・・頑張らねば。
前のめりで頑張ります(ノ`Д´)ノ