幼児教育の大切さ。

ついに、九州南部が梅雨入り。
雨の宮崎の夜です。

せいぐう保育園☆3月に、清武町にある「せいぐう保育園」の卒園式に呼んでいただき、出席させてもらいました。
かなり前のことになりましたが、素晴らしい保育園だなと心から思いましたので、書きたいと思います。

なぜ呼んでいただけたかというと、せいぐう保育園で英語を教えていらっしゃる先生と以前から知り合いで、その方が園長先生に私の話をされたらしく、そんな若い方にこそ保育の現場を是非見てほしいと言ってくださって、私なんかが行っていいのかなと不安になりつつも滅多にない機会だなと思い、見学のつもりで行かせてもらいました。
行ってみたら「来賓」ということになってまして(苦笑)、「みやざきみらいフォーラム代表」と「地域活性化塾どんげネット代表」という肩書きで、卒園式の式典中に紹介されました。
(私のプライベート名刺を、その英語の先生が園長先生に見せていたみたいです。他の来賓の方は、県立高校の元校長先生や教育評論家の先生、宮崎市議会議員の方と、私・・・。保護者の方より若い私は、あまりに場違いな気がして恥ずかしかったです(苦笑)。先日、愛車レガシィの部品の交換でSUBARUに行ったら、整備士の方が、「崎田さんの職業は何ですか?」と聞かれました。その方は、その日、保護者として卒園式に来られていたそうです。若いのに、何者だ?(もしくは、何様だ?)と思ったのかもしれません。ごもっともな疑問です。(笑))

卒園式ということで、卒園証書授与とお別れの歌を歌うかわいい姿を見させてもらう感じかなと、そんな想像をしながら行ったのですが、なんと言いますか、もうほんとに凄かった!
式典中の子供たちの、背筋を伸ばして前を向き座っている姿、返事の声、卒業証書をもらいに行く時の態度、そのどれをとってみても素晴らしかったです。
年少さんも含めて、落ち着きなくキョロキョロしてしまう子供がいなくて、みんな式典というものの意味が解っているのか、本当によく集中していました。
そして歌の時間になると、とっても元気よく歌う子供たち!

その時の空気を、上の文章でちゃんと伝えられているか不安です。
私の稚拙な表現だと押しつけた管理の結果そうなるのかなと思われてしまうかもしれませんが、そんな感じじゃないんです。
子供たちの目はキラキラしてましたし、凛として姿勢を正して座っている姿、生き生きとして歌っている子供たちに、本当に心から感動しました。
まさか行くまでは、卒園式でそのような感動する気持ちになるとは思いませんでした。

式典が終わってから、園児たちによる、みやざき県民総合スポーツ祭の開会式でも披露されたというマーチングの曲の演奏がありました。
上の写真が、その演奏をしている様子です。
東国原知事にもお褒めの言葉をもらったというその演奏は、本当に素晴らしかった.。゚+.(・∀・)゚+.゚

幼稚園児に、ここまでの集中力をつけさせる教育というのは、どのように行われているのだろうと心から思いました。

子供たちを見ていて、厳しいだけのスパルタ教育の結果という感じはしませんでした。
それだけでは、あのような生き生きとした目をしながら、あれだけの集中力を生むとは思えないのです。

この「せいぐう保育園」の教育方法を、もっとよく知りたいと思いました。
機会があれば、今回のような座っての演奏ではなく、噂のマーチングを生で見てみたいなと思いましたし、運動会でそれが見れると聞きましたので、是非行きたいと思います!

このような機会を与えてくださった、その英語の先生と、園長先生に心から感謝申し上げます。

福岡で過ごした大学時代に、児童養護施設で毎週日曜日に子供たちと遊ぶというボランティアをしていまして、その時に、幼児の子たちともよく遊びました。
鬼ごっこをしたり、土筆を取りに行ったりするなどして普段は遊びましたが、保育園の運動会に行って、子供と一緒に父親参加競技に出たり、参観日に行ったりもして、ボランティアの割には、かなり濃く接する機会を持たせてもらいました。
その施設では、年に1回、基山という山に山登りに行ってまして、幼児の子たちの引率の手伝いをする時など、距離が長くてくじけそうになる子供たちに、「頑張って歩いて、頂上でおいしいお菓子を食べるぞ、オー!(笑)」とか語りかけながら、なんとか頑張って自分の足で登り切らせ、最後に達成したときの喜びは格別でした。

幼児期の教育というのは、本当に大切だと思います。
人としての礎を作るこの時期に、愛情をもって接していくことの大切さを、僅かな経験しかありませんが、大学時代のその経験から感じています。

先日、孤児の父と呼ばれる「石井十次」の友愛社で勉強させていただいたときにも改めて思いましたが、資源の無い日本が安定した社会を築いていくためにしなければならない投資は「人」だと思っています。
国や地域を引っ張っていく人材を育てていくことも大切ですし、どのような境遇に生まれても、頑張れば頑張った分だけのチャンスが与えられる社会づくりをしなければなりません。
生活保護や児童養護の分野において、誰しもが社会において自立していけるだけの力を身に付けられるようにするためには、やはり「教育」が重要です。
そういう意味で、限られた財政の中において高い効果を上げるためには、「人材育成」に投資を行うことで、社会の下支えをしなければならないと思っています。

「せいぐう保育園」の卒園式に出席させていただき、教育の大切さを心から実感させてもらった一日になりました。

夏米良、もうすぐ。

基本的に書かない仕事の話ですが、今日は(0時を回ったので昨日は)、仕事で西米良村に朝から夕方まで行ってました。
村役場や消防団、地元の区長さんたちと一緒に山々を巡り、調査を行う、「災害危険箇所点検調査」という仕事です。
仕事の中身は、例によって例のごとく今回もブログには書きません。

小川城址公園①今回、昼食場所が「小川城址公園」でした。
(←昼食後の休憩時間に撮りました。)

公園内の古民家にある食堂で、猪そばを食べました!
手打ちそば、とってもおいしかった。
注文したのは、猪そばとおにぎりだけなんですが、なぜか机の上には、竹の子の煮つけと高菜の漬物。「この油味噌も食べて」とおばちゃんが持ってくる。
田舎のおおらかさ満点であります。
(毎回、上記の料理があるわけではないのであしからず。この辺も田舎のおおらかさです。(笑))

西米良村の小川地区に出張に来たときは、いつもここでお昼を食べてます。ささやかな楽しみの一つです。

小川城址公園②
今年の夏は、この西米良で「夏米良芸術祭」が開催されます。

その内容は、カメラマンの小河孝浩さんのブログをご覧ください。
小河孝浩さんブログ (2008年5月18日のブログに内容が簡潔に書いてあります。)

小河さんと、画家の小松孝英くん、グラフィックデザイナーの須賀田さん、この3人のアーティストが中心となって開催されます。
私も何度か実行委員会に参加させてもらいました。
事務局が、役場の総務企画課内に既に設置されています。

昼食後、ベンチに座って、2枚目の写真を撮りました。
天気が良く、爽やかな風も吹き、とても気持ちよい5月の西米良でした。

29回目の誕生日の夜に思う。

消防操法練習H20.5.25
昨日は、消防団の操法大会の練習日でした。
本番は、7月6日(日)です。

(JCのブロック大会と日程が重なっているようです。その日は、消防団を優先したいと思ってます。)

先日、遂に、29歳になりました。

誕生日前夜は、地域活性化塾どんげネットの定例会で「まつりえれこっちゃみやざき」の打ち合わせを行って、次に消防操法大会の練習に行き、最後は、居酒屋「照」にて、画家の孝英や呉服屋の健作などなどの宮崎市メンバーと、日向市でまちづくりに取り組む「すこっぷ」メンバーの鈴木宝祥くんをはじめとした日向の皆さんとの異業種交流会。そして、その場で深夜0時を回り、誕生日を迎えました。

その誕生日を迎えた直後に友達から電話がかかってきて、「誕生日おめでとう。今夜は何してるの?」と聞かれ、上記の事をしていたと話すと、「この1年を象徴するような28歳最後の夜やね。」と笑われました。(苦笑)

誕生日当日の夜は、仕事を終えた後、宮崎市内にある『社会福祉法人カリタスの園』の児童養護施設「竹の寮」にて、毎週一回行っている中学生への学習指導ボランティアをしていました。

4月から新たに受け持っているその中2の男の子は、私が誕生日なんて知るわけもなく、いつものように時間が流れました。
でもその日は、その子を教えるようになり1ヶ月と少し経って子供も慣れてきたのか、いつもより笑顔や冗談も多くて、教えている私も楽しい気持ちに。

そして家庭教師が終わり、車を運転して、誰も待ってない一人暮らしの自分の部屋に帰る途中、子供とそうやって接して誕生日の夜を終えようとしている自分が、そんな過ごし方も悪くないなって自然に思えて、自分らしくもあり、そう思えた自分を少しだけ誇らしくも思えました。

さあ、20代最後の一年間がスタートしました。
県庁に入り、25歳になった頃、新社会人としての不安や、自分が将来なんとなくイメージしている場所が実際に社会人になって見てみるとあまりにも遠くに感じるなど、これからどうしていいのか分からなくなってました。
でも、うじうじ考えていても仕方がないなと開き直り、とにかく20代の残り5年間は、目の前にあることをがむしゃらに頑張ろうと思いました。
何もない自分が、頭の中で考えているだけでは何も始まらない、とにかく動いて、たくさんの経験を積まねばと。
そうする中で、何か見えてくるかもしれないと考えていました。

それから、がむしゃらにやっていくうちに、たくさんの出会いがあり、周りの人たちにも恵まれ、なんとかこの4年間を歩いてきました。

4年前、自分は一人の大人として、充実した30代、40代、50代を歩んでいけるのだろうかという漠然とした不安をいつも感じていました。
もちろん今も、不安や悩みは尽きません。
でも今は、縁があった目の前のこと一生懸命取り組む中で、おぼろげだけど自分がどう生きていきたいのかが見えてきているようにも思えています。

これからも謙虚に、現状に満足することなく、一つ一つ経験を積み上げ、自分を成長させれるよう頑張るぞ。
みなさま、今後とも「崎田恭平」をよろしくお願いいたします。
この一年も、走り続けたいと思います。

「福祉とは自立するための支援」

友愛社①前回のブログで書きましたとおり、5月18日(日)は、西都JCの事業に参加してきました。

再三のお誘いに、遂に入ってしまった青年会議所(JC)であります。
「JC」ってどんな組織か分かりますかね?
よく分からないという方は、こちらをクリックしてください。出典は、ウィキペディア(Wikipedia)です。
上記HPから抜粋すると、『20歳から40歳までのリーダーを志す青年で構成されている組織。会員は企業経営者やその後継者が多いが、会員の職業に関する制限は特に無い。明るい豊かな社会の実現を目的としていて、活動の基本として「個人の修練」「社会への奉仕」「世界との友情」を掲げる。』とあります。
・・・こう書くと、非常に難しそうな団体ですね。(苦笑)
要は、商売をされている方を中心とした40歳以下の方で構成された団体で、まちづくり等の活動を通して、自身を鍛えるため会員同士で切磋琢磨しているといったところでしょうか。

「まつりえれこっちゃみやざき」実行委員の9割以上が宮崎JCなので、JCがどんなところか、なんとなく分かってはいました。
経営者の方も多く、レベルの高いところだなと思ってまして、まさかお誘いを受けるなんて思いもしなかった団体です。

県庁職員でも、JCに加入しているのは多分私だけでしょう。
隈江さんや良さんの2年越しのラブコールに遂に陥落してしまいました。(笑)

友愛社②今回のJC事業は、社会福祉法人「石井記念友愛社」で行われました。
(←写真は、石井十次資料館のガイドボランティアの方です。)

児童福祉の父と呼ばれる宮崎の偉人「石井十次」の曾孫の方が、この友愛社の現在の理事長を務められています。

石井十次のことを以下に簡単に書きます。
明治20年、社会全体が貧しく、福祉という考え方もなかった時代に、石井十次は、岡山県大宮村に孤児教育会(後の岡山孤児院)を設立し、孤児の救済と教育に尽くしました。
また、明治43年には、郷里の茶臼原(宮崎県西都市、木城町)に孤児院を移転し、十次が夢に描いた理想郷づくりを進めました。
十次は、「愛」と「祈り」と「奉仕」の精神を貫きながら、明治から大正にかけて、実に3千人を超す孤児の救済と教育に生涯をささげました。

(「教育ネットひむか」HPより)
詳しく知りたい方は、こちらをクリックしてください。出典は、宮崎県教育情報通信ネットワーク「教育ネットひむか」。

今回の事業は、午前中に友愛社の児島理事長のお話を聞いた後に、資料館で石井十次の勉強をし、午後からは友愛園(児童養護施設)の子供達と、野球やドッジボールなどの遊びを通して交流を深めるという内容でした。

児島理事長のお話を伺って一番心に残ったのは、「福祉とは自立するための支援である」という言葉です。
十次が行っていた「ライオン教育(密室教育)」の理念に通ずる児島理事長の言葉に、感銘を受けました。

子供が悪いことをしたときに、十次は、他の人に見られない場所で2人きりで向き合って話をしたとのこと。
(「密室教育」という言葉はここから来ている。)
そうした理由として、人前で叱らないということで子供の尊厳を守るということが一つにあったのだろうとのこと。
そして、子供の話を十分に聞き、しっかりと向き合うことを大切にした十次。

「福祉とは自立するための支援」という理事長の言葉は、十次が行ってきた、人としての強さを身に付け、社会で自立できる人間になるための教育、「ライオン教育」そのものだと思いました。

生活保護世帯が増加している問題についても、今の福祉政策が「自立するための支援」になっているのかという、石井十次の理念に照らしてみて考える必要があると思います。

また、理事長が実習生などに伝えていることが3つあるそうです。
 ①基本的な生活習慣の養成
 ②悪癖の更正
 ③人間に対する信頼の回復
特に3つ目を強く伝えているとのことでした。
虐待を受けたことのある子供に、これからの人生をしっかり歩み出していく為に一番大切なことだと思います。

他にも考えたことがあるのですが、長くなり過ぎそうなので今日はここらへんにしときます。(苦笑)
石井十次資料館に、また今度じっくり訪れたいと思います。

友愛社③午後からは、木城町の運動公園に移動し、友愛園の子供達と遊びました!!
野球をする班と、ドッジボールと警泥をする班に分かれまして、私はドッジボールをする班になりました。
もうとにかくメチャクチャ楽しかったです.。゚+.(・∀・)゚+.゚

大学時代には、毎週末、児童養護施設で子供達と遊んでましたが、社会人になってからは機会が無く、今回のように全力で遊んだのは久しぶりでした。
・・・なので、ものすごい筋肉痛。(笑)
写真は、一通り遊んだ後に、西都JCの隈江さんと撮ったツーショット写真でございます。

頭も体も心もフルに使った一日。
爽やかな汗を流すことができました。

一人立ちなるか。

前回のブログの続きで、先週の日曜の出来事を書きます。

えれこっちゃTシャツコンテスト予選審査2008←この日は、地域活性化塾どんげネットで主管している「まつりえれこっちゃみやざき2008」Tシャツデザインコンテストの予選審査を行いました。

「えれこっちゃ」でのデザインコンテストに関わりだして、もう今年で4年目になります。
昨年度から、応募作品を街頭に展示し、中心市街地に来られている一般の方々に作品を見ていただき、気に入った作品に投票をしてもらってます。
そして、その結果を踏まえて最終審査を行い、大賞作品を決定します。
その大賞受賞作品は、祭り当日のスタッフTシャツデザインになります。
大賞が取れなくても、各賞を受賞すると副賞を贈呈いたします。
(もちろん、大賞受賞者にも。)
作品募集期間中は、宮崎日日新聞にも記事としてコンテストの概要を掲載していただきました。

街なかでこのような形でイベントを行っているのは、コンテストの存在を多くの人に知ってもらうというのが目的の一つとしてありますが、加えて、中心市街地の賑わいに少しでも役立てればという思いもあります。

この街頭でのイベントを行うにあたり、Doまんなかモールの皆さまに、たくさんのご協力をいただいています。
少しずつですが、商店街の皆さんに「どんげネット」の名前を知っていただけるようになってきたかなと思ってます。

(私は、えれこっちゃ等の宮崎市中心市街地での取り組みの中では、いつも「どんげネットの崎田君」と呼ばれてます。知り合って結構経つのに、「崎田君って県庁職員だったの?NPOか何かで食ってる人かと思ってた。」とか言う人が、たまにいたりします。(苦笑))

・・・と書きますと、当日その場にいたように思われるでしょうが、この18日(日)は、西都JCの事業がありまして、それまでの準備や打ち合わせなどはしていましたが、会場の若草通りにはいませんでした。
(写真は、新代表の三浦が撮ったのを送ってもらったものです。その前日のMfnet副知事勉強会が始まる前に行った準備作業には、私も行きましたよ。)

新代表の三浦によると、問題なく運営できたとのこと。

・・正直うまくいってるか、JC事業に参加しながら気がかりだったのですが、直子姉さんやたっちゃんたち曰く、「恭平くんがいないと自分でやらざるをえない訳だから、かえっていい経験になるかもよ」とのこと。
強力な姉さん達がついてるし、まあ大丈夫だろうと任せたところでしたが、終わってみて、姉さんから「しっかりやってたわよ」との報告がありました。
これで、俺も『どんげネット』を卒業できるかな?(笑)
三浦、お疲れさまでした。