「さきたの思い」カテゴリーアーカイブ

平成26年、元旦。

明けましておめでとうございます。
日南市長の崎田でございます。
皆様には、希望に満ちた初春を迎えられましたことと心からお慶び申し上げます。

ブログの更新が、当選以降滞っていましたが、ホームページをリニューアルし、その中でブログも再開していくことにいたしました。
ホームページは、まだ不完全ではありますが、これから少しずつ作業を進め、完成させてまいります。
これからは、フェイスブックと合わせて、こちらのホームページもご覧ください。

昨年は、初当選から市長就任、初めての市政運営を行うということで、私にとって大変激動の1年となりました。
そして、日南市としても、市政史上最も若い30代の市長が誕生し、市内外からも注目を集めた1年となりました。
﨑田市政として、2人の民間人登用、マーケティング推進室・地域医療対策室の設置、高校生への学力向上支援、東九州自動車道整備促進など、様々な政策を実行いたしました。

さて、新年を迎えるにあたり、ある中学3年生の女子生徒の作文を皆さまに読んでいただきたく思います。
これは、昨年11月に行われた「日南市民主張大会」(日南市文化芸術協会主催)にて最優秀賞を獲得した発表内容です。
(↑ 中学校のブログ記事に発表の原文がリンクしてあります。クリックして是非お読みください。)

私は、この発表を聞き、涙がこみ上げてきたと同時に、この地で生きる一人の大人として、この女子生徒に恥じない10年後を創らなければならないと思いを強くしました。

この作文のタイトルは『夢』です。 (以下、一部抜粋。)
「日南は不便であるが、だからこそ楽しい。よりよくするために考える。一つ上を目指して努力する。何事も人からさせられるより自分でするほうが楽しい。」
「日南で自分の使命を感じながら生きていきたい。」
「地域活性化に努力する方の熱い思いと笑顔で話されている姿にあこがれと同時に『こんな人になりたい』と思った。」
「笑顔で夢を語り、信念を持った人であふれる日南市。自分でできる役割を考え、みんなで知恵を出し合って話し合える日南市。」
「日南市の未来に年齢なんて関係ない。子供でもお年寄りでも未来はつくれる。」
「10年後、そんな日南市で働くことが私の夢。」

この女子生徒の発表を聞く中で、感動しながらも、今現在、日南市で生きる大人の責務も痛感しました。
そして、一方で、地域活性化に情熱を燃やす方と子供が触れ合うことで、その熱は伝わり、このように感じてくれる次の世代がいることに希望も感じたところです。

今日から一年が始まります。
この女子生徒の言葉を胸に刻み、市長としての責務を果たしてまいりたいと思います。

「停滞を選ぶのか、飛躍を目指すのか。」

最後の更新①いよいよ最後の更新となります。
明日から公職選挙法に伴い、このようなホームページの更新はできなくなります。

立候補予定者による公開討論会は、写真のとおり開催されました。
このような機会がきちんと設けられたことは非常に大事なことだったと思います。
開催してくださった関係者の皆さんに、心から感謝申し上げます。

最後の更新⑲昨年夏に県庁を退職し、政治家としての道を歩き始めました。

初めての挑戦であるにもかかわらず、非常に高い高い壁を目指すことを決心しました。

序盤戦は、本当に厳しく、苦しい苦しい毎日でした。

地盤もない、知名度もない、金もない、選挙に対する経験や知識もない、本当に何もないところからのスタート。

しかし、諦めることなく、一人ひとりに思いを伝え、歩き続けることで、一人、また一人と応援してくださる方が増えてきました。

最後の更新②最後の更新③

最後の更新④最後の更新⑤

最後の更新⑥最後の更新⑦

最後の更新⑧最後の更新⑨

最後の更新⑩最後の更新⑪

最後の更新⑫最後の更新⑬

最後の更新⑭最後の更新⑮

最後の更新⑯最後の更新⑰

最後の更新⑱何もないところから始まった今回の挑戦。
私の思いに耳を傾けてくださり、私を信じてくださる方が少しずつ少しずつ増えていきました。

そして、最後の1週間を迎えます。

今、世界も日本も、時代の大きな転換期を迎えています。
変化を恐れて現状維持のままでいると、この先の日南市が大変な状況になってしまいます。
つまり、現状維持は「現状維持」ではなく、「停滞」への始まりなのです。
未来を見据えて、思い切った行動を起こさなければ、日南市の明るい展望はありません。

私は、「この地域を良くするんだ」と一緒に立ち上がってくださる人材がどんどん溢れてくる日南市を創り上げたいと考えています。
私たちの未来は私たちの手で創り上げないといけないのです。

『 停滞を選ぶのか、飛躍を目指すのか。 』

日南市は今から大きく変わります。
次の世代へ誇りを持って引き継いでいける地域になっていきます。

私たち自身の手で、私たち自身の未来を切り拓いていきましょう。

宇宙に衝撃を与える樋渡市長。

青井阿蘇神社今週火曜は、熊本県の人吉市に行ってきました。
何があったかといいますと、あの佐賀県武雄市の樋渡市長の講演会があったからです。
会場は、国宝である青井阿蘇神社の参集殿でした。

今回は、数年前から一緒に勉強している全国の若手有志による「龍馬プロジェクト」の仲間(人吉市議の松岡さん)から誘ってもらいました。

樋渡市長@人吉①樋渡市長は、著書である「首長パンチ」やブログはもちろん、雑誌等のインタビューなどもよく読ませていただいて、是非とも生でお話を聞いてみたいと思っていた方でしたので、大変楽しみにしておりました。

樋渡市長は、市役所HPをフェイスブック化をしたり、市役所が市内の特産品の通販事業を行ったり、最近では市立図書館の運営をTSUTAYAに委託するなどの政策で注目を浴びています。
また、30代で市長に就任され、当時全国最年少市長でした。

最近では、TBS「がっちりマンデー!!」でも取り上げられ、全国的にも大変注目を集めている市長です。
http://www.tbs.co.jp/gacchiri/archives/20120708/1.html(↑どんな取組をされているかは、こちらをご覧ください。)

樋渡市長@人吉②そして、講演がスタート。
噂には聞いていましたが、ここまでとは!!!

演題の最初に、「宇宙に衝撃を与える~」とありましたが、全くその通りの衝撃。

樋渡市長が、キーワードして講演の冒頭で上げたのが、「対等に組む」「反省しない」「何事にも『過ぎる』」「パクリ倒す」です。

民間で良いものがあれば、すぐに取り入れる。(パクリ倒す)
「組む」というのは、病院の経営や図書館の運営など、できる人にやってもらう。(民間でその分野のノウハウを持つプロに任せる)
そして、「過ぎる」くらいやり通す。ダメとなれば、トップがしっかり頭を下げ、撤退し、また次のチャレンジをしていく。

まさに、樋渡市長のバイタリティと感性の鋭さが為すものです。
そして、若い市長だからこそできることだと思います。
フェイスブックやアマゾン、楽天市場、TSUTAYAのビジネスモデルがどんなものなのか理解ができないようでは、そもそもそのような発想には至りません。

樋渡市長@人吉③また、「情報を発信する」のではなく、「共感を発信する」ということ。
この根幹が理解できてこそ、フェイスブックをはじめとするSNSをツール(手段)として最大限活用でき、目的に達することができます。

経済活動と言いますか、消費に至るまでの心理・行動について、10年前とは全く違う流れが生まれています。
そこの根っこを理解し、じゃあ何を仕掛けていくとよいのかが分かっていらっしゃるのが樋渡市長であり、これだけ注目されるのも大変納得した時間でした。

「首長パンチ」もものすごい衝撃でしたが、今回の講演を聞かせていただき、なお一層理解が深まりました。衝撃の人吉講演会でした!!

樋渡市長@人吉④樋渡市長@人吉⑤

樋渡市長@人吉⑥

樋渡市長とツーショット①樋渡市長とツーショット②

樋渡市長とツーショット③
3年前に、厚生労働省で仕事をしていましたが、真の意味での改革は、国からだけで行えるものではないと思いました。
改革は、どの時代にも、弱いところから生まれていきます。

また、樋渡市長がリーダーとなったことにより、市職員がメチャクチャその能力を最大限発揮するようになったことも特筆すべきことだと思います。
市HPのフェイスブック化によって生まれた効果もあったと思いますし、「100の議論より、1の実行」の考えのリーダーの下、チャレンジ精神にあふれるチームに市役所がなっているように感じました。

まさに、私も、樋渡市長の良いところを取り入れまくりたいと思います。
本当に衝撃の一日でした!
どんどん前に進んでいきたいと思います。

自分らしく後悔なく気持ちよく、そして人生をおもしろく。

2012夏の楠並木通りからの空久しぶりの更新です。

宮崎県内に限りですが、いろいろ報道等でお騒がせしております。
まだ公職にありますので、コメントは差し控えさせていただきます。

昨日は、フェイスブックやメールなどなどで、たくさんの反響を頂きました。
このブログのアクセスも大変伸び(過去ダントツ最高のアクセス数)、ブログへのコメントも頂きました。
そのコメントをくださったお一人の方が書き込んだのが、一年以上前の投稿で、「「自分らしく後悔なく気持ちよく、そして人生をおもしろく。」でした。

すると、偶然にも、まさに今回の決意に至った背景を書いたと言っていいようなブログ投稿記事でした。
コメントいただかねば、振り返ることもなかったかもしれないわけで、これも何かの縁だと思い、再投稿(コピー&ペイスト)させていただきます。
以下のとおりです。

【2011年04月27日のブログ】
「自分らしく後悔なく気持ちよく、そして人生をおもしろく。」

振り返りの①今夜は、東京にて、「みやざきわけもんフォーラム」が開催されました。
(内容は、次のとおりです。→ 「第7回みやざきわけもんフォーラム」

平日にも関わらず30人ほどの宮崎人が集まり、盛会であったと聞きました。
また、最近加入してくれたスタッフメンバーから、改めて素晴らしい活動だと感じたとの言葉もあり、宮崎にいる私も本当にテンションが上がる報告でした。

この「みやざきわけもんフォーラム」は、私が東京で働いた平成21年度に宮崎出身の仲間と一緒に立ち上げた会です。
大学生や会社員などの20代30代を中心としたメンバーで運営されています。

活動内容は、宮崎在住で活躍してる方を東京にお呼びして講演をしていただき、後半はワークショップを行います。
宮崎の今を知り、宮崎の底力を感じていただくことで、改めて故郷に対して様々な形で貢献することを考えてくれる「わけもん」を増やしたいと考えています。

私が東京を離れても、このように会を継続していて、メンバーも少しずつ広がっているというのは本当に嬉しく、凄いことです。
メンバーの頑張りに本当に感激です。誇りに思います。

振り返りの③元々はプライベートで勝手に始めた「わけもんフォーラム」ですが、今では、県の東京事務所も側面支援をしてくださっています。

私は県職員ですので、わけもんフォーラムを知っている県職員の方と雑談することも時々あるのですが、その中でたまに「あれだけ優秀で行動力のあるメンバーなのだから、そこまで「宮崎、宮崎」とならずとも、もっと東京や世界で活躍してもらって、将来宮崎を出てきた若者を雇用するくらいのところを目指しても・・」というような話をされたりもします。

もちろん、それも凄いことで素晴らしいことであり、そういう人材が出てきてもいいと思います。
ただ、その言葉の根底に「宮崎という世界で活躍するより、外に出ていって活躍するほうが凄い」というようなところも感じられます。

もちろん、特に過去の時代を考えると、そういうところもあったのでしょうが、宮崎在住である今夜東京で御講演いただいた宮田さんやこれまでの講師の方々の生き方を見ていると、一概にはそんなことは言えないと思います。

振り返りの②

と、言いますか、『どこで頑張っていくか』ということは、ほとんど問題じゃないと思うのです。

若いうちは地元を出て、いろんな経験を積むことは大変重要なことだと思いますが、その先のフィールドはどこだってあまり問題でないと思います。

私が思う重要なところは、どこで、もしくは何のために誰のために頑張っていくのが、自分自身にとって気持ちよく生きれることなのか?ということじゃないかと思います。

私は、私を育ててくれた地元の日南や宮崎のために汗をかきたいし、ここで生まれ育つ子供たちが「ここが故郷で良かった」と思ってくれる誇りある地域にしたい。

また、東京にて、省庁の中で仕事をして感じたのは、上から(国から)あの手この手で日本を良くしていくことの限界です。
明治維新後、戦後はこれでうまくいったと思いますが、今はそれではうまくいかない。
それぞれの地域や一人一人の国民が、しっかりと自分の足で立って、力強い地域を創っていかないと、その集合体である国家は強いものになっていかないと東京で思いました。

だから私は、宮崎で頑張るのです。
そういう人生がおもろいなと思うのです。

そして、わけもんフォーラムのメンバーも、「宮崎」を想い、若い今はもがきながら一生懸命に努力しています。
「いつかは宮崎に役立つような人材になれるように」と考えてくれています。
そして、そういう生き方が、『自分らしくて気持ちいい』と思うからそうしているのだと私は思っています。

うまく伝わっているか大変自信ないですが、今夜はそんなことを考えてました。
ということで、明日からまた頑張りましょう!

自分らしく後悔なく気持ちよく、そして人生を面白くしていきましょう!!

自分らしく後悔なく気持ちよく、そして人生をおもしろく。

110426③今夜は、東京にて、「みやざきわけもんフォーラム」が開催されました。
(内容は、次のとおりです。→ 「第7回みやざきわけもんフォーラム」http://blog.livedoor.jp/miyazakimirai/archives/2011-04.html#20110420

平日にも関わらず30人ほどの宮崎人が集まり、盛会であったと聞きました。
また、最近加入してくれたスタッフメンバーから、改めて素晴らしい活動だと感じたとの言葉もあり、宮崎にいる私も本当にテンションが上がる報告でした。

この「みやざきわけもんフォーラム」は、私が東京で働いた平成21年度に宮崎出身の仲間と一緒に立ち上げた会です。
大学生や会社員などの20代30代を中心としたメンバーで運営されています。

活動内容は、宮崎在住で活躍してる方を東京にお呼びして講演をしていただき、後半はワークショップを行います。
宮崎の今を知り、宮崎の底力を感じていただくことで、改めて故郷に対して様々な形で貢献することを考えてくれる「わけもん」を増やしたいと考えています。

私が東京を離れてちょうど1年経ったところですが、このように会を継続していて、メンバーも少しずつ広がっているというのは本当に嬉しく、凄いことです。
メンバーの頑張りに本当に感激です。誇りに思います。

110426②元々はプライベートで勝手に始めた「わけもんフォーラム」ですが、今では、県の東京事務所も側面支援をしてくださっています。

私は県職員ですので、わけもんフォーラムを知っている職員の方と雑談することも時々あるのですが、その中でたまに「あれだけ優秀で行動力のあるメンバーなのだから、そこまで「宮崎、宮崎」とならずとも、もっと東京や世界で活躍してもらって、将来宮崎を出てきた若者を雇用するくらいのところを目指しても・・」というような話をされたりもします。

もちろん、それも凄いことで素晴らしいことであり、そういう人材が出てきてもいいと思います。
ただ、その言葉の根底に「宮崎という世界で活躍するより、外に出ていって活躍するほうが凄い」というようなところも感じられます。

もちろん、特に過去の時代を考えると、そういうところもあったのでしょうが、宮崎在住である今夜東京で御講演いただいた宮田さんやこれまでの講師の方々の生き方を見ていると、一概にはそんなことは言えないと思います。

110426①

と、言いますか、『どこで頑張っていくか』ということは、ほとんど問題じゃないと思うのです。

若いうちは地元を出て、いろんな経験を積むことは大変重要なことだと思いますが、その先のフィールドはどこだってあまり問題でないと思います。

私が思う重要なところは、どこで、もしくは何のために誰のために頑張っていくのが、自分自身にとって気持ちよく生きれることなのか?ということじゃないかと思います。

私は、私を育ててくれた地元の日南や宮崎のために汗をかきたいし、ここで生まれ育つ子供たちが「ここが故郷で良かった」と思ってくれる誇りある地域にしたい。

また、東京にて、省庁の中で仕事をして感じたのは、上から(国から)あの手この手で日本を良くしていくことの限界です。
明治維新後、戦後はこれでうまくいったと思いますが、今はそれではうまくいかない。
それぞれの地域や一人一人の国民が、しっかりと自分の足で立って、力強い地域を創っていかないと、その集合体である国家は強いものになっていかないと東京で思いました。

だから私は、宮崎で頑張るのです。
そういう人生がおもろいなと思うのです。

そして、わけもんフォーラムのメンバーも、「宮崎」を想い、若い今はもがきながら一生懸命に努力しています。
「いつかは宮崎に役立つような人材になれるように」と考えてくれています。
そして、そういう生き方が、『自分らしくて気持ちいい』と思うからそうしているのだと私は思っています。

うまく伝わっているか大変自信ないですが、今夜はそんなことを考えてました。
ということで、明日からまた頑張りましょう!
自分らしく後悔なく気持ちよく、そして人生を面白くしていきましょう!!